1 はじめに 輪状甲状靱帯(膜)は解剖学的に声門下腔・気管が外表と最も近い部分であり,この部位からの気道へのアプローチは比較的簡便で安全とされている。しかし報告は少ないながらも,気管切開術と同様の合併症が生じる可能性がある。気管切開術に比べ切開部位がより高位で喉頭に近接しているため,喉頭に関連する合併症にも注意が必要である。 合併症は,誤った部位への穿刺・切開によるもの,出血に関するもの,輪状甲状靱帯(膜)にカニューレを挿入することに関するもの,気腫・気胸に関するものに大別される。いずれの合併症でも,誤挿入・出血・気道確保不可能が生じ換気不十分となると,低酸素血症や死亡といった重篤な結果となる可能性がある。輪状甲状靱帯(膜)からのアプローチは比較的短時間で気道や吸痰ルートの確保を可能とするが,とくに緊急確保に際しては,術中トラブルにより手技に過剰な時間を費やすことは避けるべきである。 なお,輪状甲状靱帯(膜)にカニューレを挿入することにより,喉頭狭窄(声門狭窄,声門下狭窄)や声帯麻痺・嗄声等の喉頭関連症状が生じる。これらは手技施行後,時間を経過してから遅発性合併症として明らかとなり,長期間にわたって後遺症となる可能性がある。 既報では,対象患者の特性や施行の状況(緊急時施行or待機的施行,院内or院外,さらに海外では病院外でコメディカルが行うこともある)や挿入するカニューレの種類がまちまちであるうえ,大部分の報告が後ろ向き研究であることから,合併症の頻度は6〜40%と報告により差が認められる 8)。2 合併症各論■ 不適切な部位へのカニューレ挿入・切開部位の誤り 誤挿入の種類や副損傷として以下が挙げられる。● ● ● ● ● 34 Chapter Ⅲ.輪状甲状靱帯(膜)穿刺・切開術 甲状舌骨膜への誤挿入 皮下組織への誤挿入 食道への誤挿入(気管後壁損傷)・食道損傷 喉頭への逆行性挿入 反回神経損傷 最も多いのは甲状舌骨膜への誤挿入である。これは前頸部の体表解剖における輪状軟骨・甲状軟骨を誤認して舌骨と甲状軟骨の間を切開し,カニューレを挿入してしまう誤りである。輪状軟骨・甲状軟骨は,後述のように性別・年齢により特徴があり,注意が必要である。皮下組織への誤挿入は,施術に際して気管内腔の空気が吸引できることを必ず確認することで防止すC. 輪状甲状靱帯(膜)穿刺・切開術に伴う合併症
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