日本気管食道科学会会報 第73巻1号
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III.考  察CPAP療法中止も指示した。CPAP中止による睡眠・呼吸状態の増悪が見られなかったことより,患者希望によりCPAP療法は再開することなくそのまま終了となった。現在術後1年を経過し再発なく経過している。 気管切開術による合併症は発症時期により,術中あるいは術直後に起こる早期合併症と,長期間経過後に生じる晩期合併症に分けられる1)。代表的な早期合併症には出血,皮下気腫などがあり,晩期合併症としては声門下肉芽,気管孔感染,気管孔開存,カニューレ管理と関連する問題(事故(自己)抜管,カニューレの誤挿入,気管カニューレ閉塞,気管腕頭動脈瘻)などがあげられる1〜3)。われわれが渉猟しえた限りでは,本症例のように気管切開後の創部に気管憩室,あるいは嚢胞性病変を生じた症例の報告は見られなかった。また先にあげた典型的な合併症は,いずれもカニューレ留置中やカニューレ抜去直後の患者に観察・報告される合併症であり,気管孔を閉鎖し長期間経過したのちに症状・所見が生じたという点においても,本症例は稀な経過をたどった症例であるといえる。 本症例では患者本人が皮下に生じた気腫性病変を自覚し,偶発的に撮影したCTで気管前方に嚢胞性病変が確認され,他覚的評価でも病変の存在が確認されたという経過をもつ。気管周囲に見られる嚢胞性病変は傍気管嚢胞と称され,これは形態的,解剖表2 気管憩室および仮性嚢胞の形成過程39学的な呼称である4, 5)。傍気管嚢胞のなかには気管憩室,リンパ上皮嚢胞,気管支原生嚢胞,Zenker憩室などの異なる疾患が含まれ4, 6),確定診断には病理学的評価や気管支鏡検査や食道造影検査などを要する7)。しかしながら傍気管憩室は偶発的に発見された無症状例が多く8),精査や外科的治療による確定診断が行われることは稀である5, 9)。そのため,しばしば形態的特徴やCT所見により診断され,用語・名称の定義が曖昧な報告4)も散見される。 一般に,気管憩室とは気管腔から外側へ突出する気腔構造であり5),内腔に気管と共通する呼吸上皮(線毛円柱上皮)が見られるものとされている8)。また,気管憩室には先天性気管憩室と後天性気管憩室があり,先天性気管憩室は上皮下に正常気管と共通する構造(軟骨や平滑筋など)を伴うが,後天性はこれらのうちいくつかを欠くとされている5, 6, 9)。本症例の病理標本(図4〜6)を見ると,気管に近い小腔Aと皮膚に近い小腔Bは異なる組織像をもっていることが分かる。小腔Aは内腔が呼吸上皮で裏打ちされ,粘膜下組織には粘液腺を有していたが軟骨や平滑筋は見られなかった。一方,小腔Bは上皮も粘膜下構造物ももっていなかった。本症例の小腔Aの病理所見は後天性気管憩室と合致し,他方,小腔Bは,気管憩室とは異なる所見を呈していることが示された。 以下,病理およびCT所見を考慮し,小腔AおよびBの形成過程について考察する(表2)。 CT所見(表1)を見ると本症例の気管前壁は前日気食会報,73(1),2022

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