日本気管食道科学会会報 第73巻2号
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きない,口腔乾燥を含めた口腔衛生状態が悪いことが重要な誤嚥リスクである。パーキンソン病などの神経疾患も重要であるが,多発性筋炎,皮膚筋炎などの筋疾患とともに,極度のやせに伴うサルコペニアも重要な誤嚥リスクになり得る。 3)肺炎は細菌感染症であり,水の誤嚥では肺炎は生じない 動物実験やヒトでの知見から,細菌を含まない,水の誤嚥,塩酸(胃液)の誤嚥,食事の誤嚥では,肺炎は発症しない3)。塩酸を誤嚥すると,細菌性肺炎は生じないが,化学性肺臓炎を生ずる可能性があり,pH 2以下の塩酸の大量誤嚥ではメンデルソン症候群や急性呼吸窮迫性症候群(ARDS)を発症する場合もあるが,きわめてまれである。食事の誤嚥でも,量が多ければ,高度の閉塞性肺炎を生ずるが,微量の誤嚥であれば,異物として処理され,肉芽反応は生ずるが細気管支炎(びまん性嚥下性細気管支炎)までしか生じないことが明らかにされている。 4)誤嚥から嚥下性肺炎を発症させる肺炎リスク 誤嚥が微量であれば,末梢気道を閉塞するが,軽度の閉塞性肺炎であり,活動性が高く,体位変換ができたり,寝返りが可能であれば,そう簡単に細菌性肺炎は発症しない。つまり,誤嚥した患者の活動性が維持されていることが重要である。姿勢保持するための筋肉の質の維持も重要でサルコペニアがリスクとなる。低栄養状態は,免疫機能不全を伴い,肺炎発症リスクを高める。また,COPD,腎不全,心不全などの基礎病態の悪化も重要なリスクである。さらに,先行するウイルス感染が気道上皮障害を生じ,重要な肺炎発症リスクとなる(表2)。 5)気道上皮損傷と保護する気道上皮被覆液の重要性 細菌感染は,傷ついた気道上皮で発症する。その表2 誤嚥から嚥下性肺炎を発症させる肺炎リスク因子日気食会報,73(2),20221)Bedriddenness2)Poor nutrition3)Sarcopenia4)Frailty5)Impaired pulmonary function(COPD)6)Dehydration7)CHF, CKD(dialysis)8)Nursing care required9)Respiratory failure10)Virus infection(influenza virus, etc)142大きな原因が,ウイルス感染であり,繊毛剥離,感染細胞のアポトーシス,ネクローシスを起こして,その後の細菌感染を生じやすくする。冬季に流行するインフルエンザは,肺炎を合併すると予後不良な場合があるが,その多くは,ウイルス感染後の細菌性肺炎であることが知られている6)。ライノウイルスなどの風邪ウイルスも,ウイルス感染自体は重篤ではないが,高齢者では,その後に,誤嚥性肺炎を発症するリスクが上昇することに配慮した予防策が必要である。 この感染防御として重要なのが,気道上皮被覆液である。この気道上皮被覆液が十分,適切に保たれていれば,気道上皮の繊毛輸送系(Mucociliary transport, MCT)が機能して,気道上皮上の異物を痰とともに中枢気道に排除して,咳によって排出することが可能となる7)。重要なのは,この被覆液の浸透圧が,血液の浸透圧と同等で,全身性にコントロールされている点である。気道にネブライザーで直接に水分粒子を送達しても,気道上皮細胞内に吸収されるので,被覆液自体の量を増やすことはできない。被覆液量は,全身の水分量が適切に保たれていることが必須の要件となる。そこで,加齢とともに全身水分量の減少する高齢者では,被覆液量の減少が懸念される。適切な脱水予防が重要である。 6)誤嚥から嚥下性肺炎を発症させる肺炎リスクから見た予防策 肺炎リスクに対する,対策を実践する。日常生活動作(ADL)の改善,サルコペニアの改善は,筋肉の量だけでなく,質を高め,筋力が増強されることが期待される8)。慢性閉塞性肺疾患,肺非結核性抗酸菌症,誤嚥性肺炎などの呼吸器疾患の予後に背中を支える最大の筋肉である脊柱起立筋の量が関与するという臨床研究が報告されている9)。フレイルの改善には,とにかく歩くことで,歩行を実践する。いたずらに歩数を競う必要はなく,1日1500歩も歩ければ十分である。 身体活動性を高めるアプローチとともに,疾患特異的な治療を適切に実践することも大切である。誤嚥による気道閉塞を防ぎ,MCTを有効に機能させるためにCOPDなどの呼吸器疾患を,適切な気管支拡張薬などを使って,最善の状態に治療しておくことが必須である。呼吸機能を最大化し,深吸気,口つぼめ呼吸,呼吸筋訓練などの呼吸リハビリテーションを継続的に実施する努力が必要である。

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