日本気管食道科学会会報 第73巻2号
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道防御能の低下,咽頭クリアランス能の低下,食道入口部通過性の低下に直結する(図2)。 一方,高齢者嚥下機能低下に対する代償は,喉頭下垂に対しては第1相喉頭挙上量の増加4),気道防御能および咽頭クリアランス能低下に対しては喉頭閉鎖時間の延長,喉頭挙上時間延長,咽頭通過時間延長,さらに食道入口部通過性の低下に対しては,下咽頭部収縮力の増強5)などがある。老人の嚥下に強い影響を与えるのは喉頭の運動や位置変化による喉頭挙上能の低下であり,これらを時間的・距離的に嚥下関連筋の筋活動を増加し代償できるか否かが,安全な経口摂取自立のカギとなると考えられる。4. 高齢嚥下障害患者の経口摂取自立再獲得可否の検討 2016年9月〜2019年11月に当科にて嚥下精査を行った80歳以上の嚥下障害患者35例を経口摂取自立再獲得群(Functional oral intake scale:FOISレベル4以上)と経口摂取自立再獲得困難群(FOIS 3以下)に分け,嚥下造影検査およびHigh-resolu-tion manometry:HRM検査結果を後方視的に検討した。その結果,経口摂取自立再獲得群では,有意な喉頭挙上量延長(安静位〜最大位)(p=0.0008),喉頭挙上時間延長(安静位〜安静位)(p=0.03),喉頭蓋本転あり(p=0.001)を認めた。またHRMでは,経口摂取自立再獲得群の中咽頭部嚥下圧が有意に高かった(p=0.001)。これらの結果より,喉頭挙上を時間的・距離的に代償し,中咽頭部圧を十分作れるか否かが,経口摂取自立再獲得に関与していると考えられた。5.老嚥に対する喉頭挙上自己訓練法の効果 喉頭挙上効果が期待できる代表的な嚥下訓練法図2 喉頭挙上不十分は気道防御能の低下,咽頭クリアランス能の低下,食道入口部通過性の低下に直結する.157は,嚥下おでこ体操6),頸部等尺性収縮手技7),舌抵抗訓練などがある。当院では,上記手技などを患者自身で行えるように嚥下自己訓練パンフレットを作成している。今回,老嚥患者に対し,喉頭挙上自己訓練法のみを行い,その効果について臨床的検討を行った。対象は,老嚥と診断し,自己体操のみの介入を行い,2カ月以上フォローできた22例である。急性発症,低栄養や誤嚥性肺炎の既往歴がある,言語聴覚士等により嚥下訓練・栄養管理を含めた介入を行った症例は除外した。検討項目は,3段階の自覚症状の改善度(著明改善/軽度改善/改善なし),VEスコア(唾液─知覚─嚥下反射惹起─咽頭クリアランス)とした。結果:症例は平均72.5±8.2歳(48〜83歳)の22例,男性18例,女性4例であった。主訴は,水や固形物の嚥下困難が最も多く,次いで咽喉頭の異常感等であった。介入後,自覚症状は17/22例(77%)で著明改善し,改善までの期間は約20.1±11.9日(2〜56日)であった。一方,筋炎,頸椎症,頭頸部癌治療後の合併症をもつ症例では症状の改善が乏しく,リハビリテーションや嚥下機能改善手術など追加治療が必要であった。また,VEスコアのうち,知覚,嚥下反射,咽頭クリアランスの項目で有意な改善を認めていた。これらの結果から,老嚥患者に対する喉頭挙上自己訓練法は,比較的早期に嚥下運動能改善のみならず,感覚閾値低下による感覚機能の改善も期待できたが,今後症例を重ねてさらに検討する必要がある。6.まとめ 加齢による嚥下機能変化の代表である喉頭挙上能の低下は,安全な経口摂取自立に重要な気道防御能および咽頭クリアランス能に大きく影響する。そのため,加齢による嚥下予備能低下に対し,嚥下関連筋の筋活動を増加して時間的・距離的に喉頭挙上能低下を代償できるか否かが,安全な経口摂取自立のカギとなる。老嚥は,容易に嚥下障害に移行しやすい不安定な嚥下のフレイルの状態であるが,可逆的な段階であるため,老嚥患者の早期発見,喉頭挙上を含めた嚥下自己訓練法などの積極的介入を行うことで,比較的早期に嚥下機能の自他覚的改善が期待できる。加齢による嚥下機能低下を背景とした嚥下障害重症化・遷延化予防や疾患後の経口摂取自立再獲得のためにも,日ごろより喉頭挙上自己訓練法を積極的に啓蒙することは,健康寿命延伸にも大きく寄与する可能性がある。日気食会報,73(2),2022

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