日本気管食道科学会会報 第73巻2号
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 現在,iPS細胞から特定の細胞へ分化誘導を行い,その発生や疾患のメカニズムを解明する研究が盛んに行われている。しかしiPS細胞から食道への分化誘導の報告は少なく,その発生における分子メカニズムは明確ではない。また,これまで食道に関する多くの研究はマウスを用いて行われてきたが,マウスとヒトでは,■平─円柱上皮境界の位置が違うなど解剖学的に異なる点も多く,マウスで得られた知見がヒトに外挿できるかは不明である。このことから,iPS細胞を用いて食道への分化誘導方法を確立することは,その発生に関わる因子を解明する上でも重要であると考えられる。今回,われわれはまずヒトiPS細胞株を用いて,【1】内胚葉(FOXA2),【2】前腸(SOX2,FOXA2),【3】背側化前方前腸(SOX2,P63),【4】食道上皮(SOX2,PAX9,CK13,P63)のステップに分けて食道への分化方法を構築し,各分化ステップにおいてマーカー遺伝子の発現をRT-PCRと免疫染色にJ. Jpn. Bronchoesophagol. Soc.Vol. 73 No. 2, 2022第72回日本気管食道科学会総会ならびに学術講演会予稿集より再録1)神戸大学大学院医学研究科外科学講座 食道胃腸外科学分野,2)神戸大学大学院医学研究科内科系講座 iPS細胞応用医学分野,3)神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科 先端医療学分野165て確認した。次にレチノイン酸レセプター(RAR)■,■,■のアゴニストであるAll-trans-レチノイン酸(ATRA)シグナルの下流に位置するCellular retinoic acid binding protein2(CRABP2)が,ヒト組織の中でも食道で最も多く発現していることに着目し,ATRAの添加により,iPS細胞から食道への分化誘導が促進されるかを検討した。iPS細胞から誘導した前腸(Day6)に対しATRAを添加したところ,Day21以降の食道上皮の分化マーカー(SOX2,PAX9,CK13)の発現はすべて上昇した。さらにRAR■,■,■において,どのレセプターを介して分化を促進するか,それぞれのアゴニストを用いて検討したところRAR■のアゴニストを用いた場合のみATRAを用いた時と同様に食道マーカーの上昇を認めた。本研究成果により,ヒト食道上皮モデルの確立が可能となり,さらにATRAがRAR■を介して前腸から食道上皮への分化に重要な役割をもつことが明らかとなった。日気食会報,73(2),2022小寺澤康文1),2),3),小柳三千代2),3),押切太郎1),掛地吉弘1),青井貴之2),3)レチノイン酸レセプター■はヒトiPS細胞から食道上皮 への分化誘導を促進する気管食道領域の基礎研究ワークショップ1

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