日本気管食道科学会会報 第73巻2号
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75PPEでの施行が必要とされた。PPEが充足していない場合には嚥下訓練を行うことができなくなり,その指針の厳しさに“患者を置き去りにするのではないか”とのお叱りもいただいた。3.気管切開術 気管切開術は最も差し迫った問題となった。CO-VID-19感染者はしばしば呼吸不全から集中管理を受けることになるが,その経過中,長期挿管への対策として気管切開が必要となる。しかし,従来の気管切開術の操作は即ち,気管開窓操作前後においてエアロゾルが大量に術野周辺,手術室内に広がることが避けられないものであった。術者らも感染するリスクを孕む。Hiramatsuら3)の報告等も踏まえてエアロゾルを発生させない手順が日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会から提唱された。その後,各地の病院での気管切開の施行結果はYokokawaら4)によって集計され報告された。35例,のべ130人の医師が関連した全国調査で医療従事者への感染はなかったと報告されている。 当院でもCOVID-19症例における気管切開術は13例施行された。患者の平均年齢は63歳(43〜75歳),合併症として8例が高血圧,7例が糖尿病,4例が透析を受けていた。Body mass indexは19.0〜33.1(平均24.2)であった。呼吸管理のための気管挿管から気管切開までの日数は平均20.1日(9〜33日)であった。全例ヘパリン化を受けていた。合併症として術後出血等はなかったが2例で気管開窓手技中のSpO2低下がみられ,1例は気管切開終了後のSpO2回復が遅れたため手術室退室が遅延した。術者については当初の4例は固定されたが,5例目以降は固定されず,より若手医師が執刀するようになったが,合併症は増加しなかった。挿管から気管切開までの日数は日本耳鼻咽喉科学会気管切開対応ガイド第2版において10日以降が許日気食会報,73(2),2022J. Jpn. Bronchoesophagol. Soc.Vol. 73 No. 2, 2022シンポジウム1本稿は第72回日本気管食道科学会の抄録/会議録である。1.背景 COVID-19は全世界の有り様を変えた。社会が分断され,多くの命が奪われた。ほんの1年半前,まだ豪華客船が沖縄,そして横浜に到着したころには数年前の新型インフルエンザのようなものかと思っていたが,1カ月も経たないうちにただならぬ世界となった。先に蔓延したイタリアや米国から耳鼻咽喉科医,脳神経外科医などが診療によって感染しやすいことが報告された。2.耳鼻咽喉科診療への影響 エアロゾル感染の危険性から,耳鼻咽喉科は外来診療,検査,手術のさまざまな場面で感染の危険にさらされることがわかった。そこで日本耳鼻咽喉科学会により2020年3月初旬から対応が検討され,多くの指針1)が公開された。一般外来診療,鼻科手術・耳科手術,頭頸部手術,気管切開などについての対応法が整理された。日本嚥下医学会からは嚥下訓練や口腔ケア,嚥下評価の対応が公開2)された。ただし2020年3月,4月ころには臨床上COVID-19感染を疑ってもPCR検査の体制が整っていなかったこと,N95マスクどころか通常のマスクやガウン,フェイスシールドなどの基本的なPPEが充足していなかったことを前提として対策がたてられた。耳鼻咽喉科診療も嚥下障害臨床も一変した。そもそもエアロゾル発生手技が多い診療体制であったため,一般診療ですら危険と背中合わせであった。まずは自分の身を守ることからスタートせざるを得なかった。そのために,手術においては“不要不急”とは言いたくなかったが,良性疾患の手術の多くが延期された。嚥下障害の臨床においては嚥下内視鏡検査も,嚥下造影検査も,さらには嚥下訓練,食事介助にいたるまで,感染蔓延地域においてはfull-COVID-19が変えた耳鼻咽喉科診療COVID-19時代の気管・食道・頭頸部外科 ─COVID-19が変えた診療─藤本保志1)1)愛知医科大学医学部 耳鼻咽喉科・頭頸部外科

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