Precision medicineがアメリカを中心に開始され,日本でもScrum-Japan等を筆頭にがんゲノム医療の開発研究が進められてきた。そして,がんゲノム医療という言葉が,H30年の第3期がん対策推進基本計画の中の「がん医療の充実」という分野別施策において明記され,国民にもこの言葉が浸透してきた。さらにこれを受けて,全国にがんゲノム医療中核拠点・拠点・連携施設が指定され,がんの遺伝子パネル検査の保険収載も始まり,一般の医療として認識され今後の発展が期待されている。一方,国民の過大な期待への対応,正確な情報提供のあり方なども問題となっている。がんゲノム医療は,本学会関連のがん種では肺腺癌を中心として発展しているが,肺癌を含めて頭頸部癌・食道癌の主たる組織型の■平上皮癌では,明確なドライバー遺伝子の関与が不明で,がんゲノム医療は進展していない。本シンポジウムでは,肺癌・頭頸部癌・食道癌のゲノム医療について,新規の知見と実臨床での現状を紹介していただき,それぞれの期待や問題点を議論した。 国立がん研究センター東病院呼吸器内科の松本慎吾先生:日本のトップランナーとして,肺腺癌の遺伝子診断の現状と展望を示していただいた。さらに,遺伝子診断に基づく新規薬剤の開発状況についても報告された。 岡山大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科の安藤瑞生先生:頭頸部領域の希少癌である唾液腺癌や甲状腺癌においては,特徴的な遺伝子異常に基づいて具体的な治療に届く症例があることが紹介された。さらにHPVによる発癌メカニズムにも言及いただき,■平上皮癌における遺伝子異常研究の発展の問題が示された。89 国立がん研究センター中央病院頭頸部・食道内科の加藤 健先生:甲状腺髄様癌の70%にRET融合遺伝子が認められ,セルペルカチニブで70%の奏効割合を認められたNTRK融合遺伝子が唾液腺癌の80〜90%,甲状腺乳頭癌の10〜20%に認められ,エヌトレクチニブの効果が期待できる。唾液導管癌に対するアンドロゲン遮断療法や唾液腺癌に対するトラスツズマブ+ドセタキセル併用療法,トラスツズマブデルクテカン療法が紹介された。一方で,食道癌ではゲノム変化の結果による薬剤選択の戦略は実用化に至っておらず,今後全ゲノムプロジェクトなどの研究発展,治療開発が期待される。 国立病院機構九州がんセンター頭頸科の益田宗幸先生:頭頸部■平上皮癌はp53,FAT1,NOCTH等の癌抑制遺伝子の機能喪失変異(ブレーキの故障)を特徴とする癌であるために,現行のがんゲノム医療は機能していない。この問題を解決すべく,2つの戦略が紹介された。1.頭頸部癌のアクセルを見つける;頭頸部■平上皮の組織再生転写調整因子YAP1がアクセルで,YAP1によって引き起こされる転写リプログラミングがエンジンであるという知見について報告された。2.免疫チェックポイント阻害剤に効果のある症例選択に向けた簡易なliquid biomarker樹立を目指した医師主導多施設前向き試験:BIONEXT:担癌患者の血液内に腫瘍・免疫細胞等から放出される細胞外小胞(exosomes)のmRNA網羅的解析に関して情報提供があった。気管食道科領域において腺癌系癌と■平上皮癌ではゲノム医療の進■に大きな違いがあることが明らかになった。 本抄録/会議録に関連し,開示すべき利益相反関係にある企業などはありません。日気食会報,73(2),2022pp.89─95J. Jpn. Bronchoesophagol. Soc.Vol. 73 No. 2, 2022シンポジウム3本稿は第72回日本気管食道科学会の抄録/会議録である。シンポジウム3「がんゲノム医療」司会者のまとめがんゲノム医療藤 也寸志 国立病院機構九州がんセンター坪井 正博 国立がん研究センター東病院 呼吸器外科
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