日本気管食道科学会会報 第73巻2号
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の利点があるが,その治療成績や安全性に関する報告は多いとは言えず,他の治療モダリティとの比較の報告もない。近年TomifujiらはTOVSを行った患者を対象とする単施設後向き観察研究を行い,術前化学療法が行われたT3あるいはT4病変や,放射線治療不成功例を含む下咽頭癌90症例,声門上癌25症例についての長期の治療成績を報告した6)。下咽頭癌新鮮例83症例(Tis:6症例,T1:18症例,T2:45症例,T3:12症例,T4:2症例)における5年全生存率,疾患特異的生存率,喉頭温存率はそれぞれ83.2%,94.3%,94.6%であった。さらに声門上癌新鮮例20症例(T1:7症例,T2:13症例)における5年全生存率,疾患特異的生存率,喉頭温存率はそれぞれ80%,95%,94.7%であった。TOVSが行われた計115症例のうち,術後出血をきたしたのが3例(2.6%),術後に緊急気管切開が施されたのが4例(3.4%),待機的なものを含めると11例(9.5%)であり,永久的に気管切開孔が必要だったのは4例だった。術後の嚥下機能は概ね良好であったが,術後半年以内に4例で経口摂取を断念することとなり,うち2例で経管栄養依存,1例で咽頭の高度狭窄のため咽頭喉頭摘出術,1例で重度の嚥下機能障害のため喉頭気管分離を要した,としている。3.ELPSの治療成績と安全性 TOVSがTLMの欠点を克服する形で発展して確立された技術であるのに対し,ELPSは佐藤らにより,早期食道癌に対するEndoscopic submucosal dissection(ESD)の技術を元に開発された,咽頭・喉頭の表在癌を対象とした経口的切除技術である4)。手技の詳細は他稿を参照されたいが,弯曲型喉頭鏡により下咽頭全体の術野展開が可能となり,NBIにより粘膜下病変の進展範囲を正確に判断することが可能である。ELPSも実臨床において広く使われている技術であるが,TOVSと同様,その治療成績や安全性に関する報告は多いとは言えず,他の治療モダリティとの比較の報告もない。佐藤らは7)ELPSを施行した咽喉頭の未治療表在癌113症例,177病変の5年全生存率,疾患特異的生存率をそれぞれ45.2%,87.5%と報告している。同報告では照射後残存・再発癌の5症例を加えた計118症例のうち,術後出血が4例で,術後の気管切開施行が13例(12例が予防的,1例が緊急)であったとしている。さらに1例で高度狭窄を認め,大胸筋皮99弁による咽頭再建術を要している。Tateyaらも同様にELPSを施行した未治療表在癌75症例,104病変の3年全生存率,疾患特異的生存率がそれぞれ90.0%,100%と報告しており,全75症例のうち,術後出血を3例で認めたとしている8)。KishimotoらはELPSを施行した75歳以上の19症例,29病変(前癌病変を含む)の3年全生存率,疾患特異的生存率をそれぞれ90.2%,100%と報告しており,術後出血と誤嚥性肺炎をそれぞれ2例で認めたとしている9)。4.TORSの治療成績と安全性 TORSは2005年にWeinsteinやOʼMalleyらが経口的切除術にda Vinci Robotic Surgical System®を導入することによって始まった10〜12)。TORSの手技についても他稿を参照されたいが,TORSでは高精細な三次元内視鏡画像による明確な手術視野の下で自由度の高い鉗子を用いることで安全かつ確実な腫瘍切除が可能とされる。主にT1/T2の中咽頭癌410症例を対象としたTORSの米国における多施設臨床試験では,2年局所制御率91.8%,疾患特異的生存率94.5%,全生存率91.0%と,良好な治療成績が報告されている13)。またWeinsteinらによる多施設臨床試験においても,177名全患者のうち,胃瘻依存率は5.0%,気管切開残存率は2.3%と良好な術後の機能温存が報告されており,また切除による断端陽性率も4.3%であった14)。このような背景から,TORSは,T1からT2の頭頸部腫瘍に対する治療法として2009年に米国食品医薬品局から承認されている。特に中咽頭■平上皮癌患者に対するTORSの臨床的意義と安全性については,過去10年間で多く報告されている13, 15)。 TORSと従来の外科的切除との治療成績比較については近年データベースによるビッグデータ解析が報告されている。米国National Cancer Databaseによる解析では,TORSの断端陽性率は非ロボット手術と比較して有意に低かったと報告されている16)。同様に術後の胃瘻依存率,気管切開留置率,治療後の予定外入院率が有意に低く,入院期間を短縮することで診療コストを軽減することも報告されている17)。さらに中咽頭癌患者についてはHPV陽性/陰性にかかわらずTORSは非ロボット手術と比較してより良い全生存率を示している18)。Mar-ketScan Commercial Claim and Encounters data-baseによる解析でも,TORSは治療期間中の気管日気食会報,73(2),2022

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