日本気管食道科学会会報 第73巻3号
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I.はじめにJ. Jpn. Bronchoesophagol. Soc.Vol. 73 No. 3, 2022症  例要旨 症例は呼吸器疾患の既往のない86歳の女性。近医にて細菌性肺炎治療中に,自宅前で意識消失し救急搬送された。循環動態は保たれていたが,著明な頻呼吸と酸素飽和度の低下を認めたため,気道の異常による意識障害と考え,気管挿管後に精査を行った。意識障害,呼吸困難の原因特定に難渋したが,入院5日目に撮影したCT検査で甲状腺腫大による気管狭窄を認め,呼吸困難の原因と疑った。甲状腺には悪性所見や気管浸潤はなく,腺腫様甲状腺腫と考え,入院14日目に甲状腺全摘術を施行した。甲状腺全摘後に気管軟骨の軟化を触知したため,気管軟化症と診断した。長期挿管による呼吸筋力低下を考慮して気管切開の併施を予定していたが気管の軟化が高度であり,気管切開による気管損傷を危惧して,後日気管切開術を行った。入院34日目に人工呼吸器を離脱したが,入院35日目に呼吸困難が再燃し,気管支鏡検査にて気管気管支軟化症を認めた。気管気管支軟化症の範囲が広いことからCPAP管理を継続する方針とした。本例は,気管気管支軟化症により致命的な気道狭窄が生じていたにもかかわらず,気管挿管や陽圧管理により気道狭窄がマスクされ,診断に難渋した。キーワード:気管気管支軟化症,甲状腺腫,気道狭窄,気管支鏡,CPAP連絡先著者:〒604─8845 京都市中京区壬生東高田町1─2 受 付 日:2021年10月27日採 択 日:2022年1月25日京都市立病院 耳鼻咽喉科森岡繁文II.症  例 気管軟化症(Tracheomalacia:TM)と気管気管支軟化症(Tracheobronchomalacia:TBM)は比較的まれな病態であり,日常診療で遭遇することは少ない。 TM,TBMには先天性と後天性があり,先天性は,気管食道瘻を伴う先天性食道閉鎖が代表的で,他にコラーゲンや気管軟骨の形成障害で生じることが知られている。一方,後天性の原因としては慢性1)京都市立病院 耳鼻咽喉科231炎症(再発性多発軟骨炎,肺気腫など),蛇行した大血管や甲状腺腫などの腫瘍などによる慢性的な圧迫,外傷(胸部外傷や,気管切開や肺切除などの手術,気管挿管など)がある。今回,甲状腺腫による慢性的な圧迫によってTBMが生じ,重度の気道狭窄が生じた症例を経験したので報告する。 症 例:86歳,女性 主 訴:意識障害 既往歴:高血圧 生活歴:喫煙歴なし,機会飲酒 内服薬:アロチノロール塩酸塩,ベニジピン塩酸塩,オルメサルタン,トリメブチンマレイン酸塩 家族歴:特になし 現病歴:来院4日前より咳嗽,喀痰を認め,近医日気食会報,73(3),2022pp.231─236森岡繁文1),豊田健一郎1)致命的な気道狭窄で発症した甲状腺腫による 後天性気管気管支軟化症の1例

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