日本気管食道科学会会報 第73巻3号
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IV.結  語いてはこれまで高度の気管狭窄を伴う縦隔甲状腺腫瘍に対してECMO下で気管挿管を試行した報告15)や,400 gを超えるバセドウ病による甲状腺腫大の5症例においていずれも気管挿管が可能であった報告12)がみられる。良性腫瘍においては腫瘍が気管を圧排するものの,腫瘍が比較的軟らかいことや気管の進展性が保たれていることで,挿管可能であったと考えられている12)。しかし,腫瘍が縦隔まで進展する症例においては気道だけでなく,肺動脈などの大血管を圧迫することもあり,循環動態を考慮して,V-A ECMOを用いて縦隔腫瘍を安全に摘出した報告もある16)。以上より,ECMOの導入の是非,V-A ECMOとV-V ECMOの選択について,症例ごとに判断していく必要があり,気道を扱う耳鼻咽喉科医もECMOの特徴を理解することは,麻酔科医,集中治療医,心臓血管外科医と連携して治療を行う上で重要であると考える。 ここで本症例における気道確保に関して検証してみたい。実際の摘出検体は輪状甲状靭帯を含む気管前面が厚みのある硬い腫瘤で置換されており,声門下の気管内腔に露出する腫瘍により気管チューブが通過できなかったことから,輪状甲状靭帯■刺・切開,気管切開,気管内挿管による気道確保は困難であった可能性が極めて高いことがうかがえた。細径チューブを用いたHFJVは気道最狭窄部位が3─5 mmの場合においても換気が可能とされる5)が,本症例ではチューブの接触による腫瘍出血も危惧された。また,HFJVは本来開放気道に用いるものであり,狭窄気道の末梢側でHFJVを行った場合には十分な換気が困難となる恐れや圧外傷を引き起こす恐れがある1)との報告もあり,安全性において議論が分かれる。以上,術前CT所見で腫瘍の気管浸潤および最狭窄部が気道正常径の50%未満を認めたこと,持続的に喀血も呈しており挿管手技の際に多量の腫瘍出血の誘因となる可能性が否めないことから,本症例において循環補助が可能であるV-A ECMOを選択したことは前述の諸家の報告を鑑みても妥当と考えられ,また複数科の医師やコメディカルが常駐している大学病院という環境も功を奏した。本症例はV-A ECMO導入後に下気管切開による気道確保を行ったが,甲状腺癌気管浸潤例においてV-A ECMOを導入した他報告2, 4, 5, 8)でも同様に導入後の気管切開術や根治手術による気道確保がなされていた。しかし,術前CTで気管の最狭窄部が4 mmであったにもかかわらず内径5.5 mmのチューブを用いて内視鏡下経鼻挿管を試行したこと,挿管を断念しECMO導入決定からカニュレーション完了までに抗凝固療法を含め23分も要したことに関しては今後の同様の症例を扱う際に留意すべき点と考える。前述のV-A ECMOを導入した報告2, 4, 5, 8)では,その多くで気管挿管前に局所麻酔下でカニュレーションが先行されており,緊急時に速やかにV-A ECMOを使用できるよう麻酔導入前に局所麻酔下に大■動静脈にカニュレーションしておくことを推奨している報告もある13)。本症例も経鼻挿管前にカニュレーションを行うことは考慮されたが,同時にヘパリン化も行うため,それによる腫瘍出血を避けたいことからカニュレーションを先行することを控えた。ECMO導入時における抗凝固療法による出血等の合併症の報告17, 18)もあり,カニュレーションのタイミングはその症例ごとに見極める必要があると考えられた。 また,本症例では甲状腺全摘術に加えて喉頭全摘術を施行したが,甲状腺未分化癌に対して喉頭を含む拡大切除を施行することで上気道の局所制御を得られたという報告もあり19),本症例でも退院後早期の社会復帰が達成された。早急な決断が強いられる状況下ではあったが,選択した術式は許容できるものであったと考えられる。 気管挿管や外科的気管切開での気道確保が困難と考えられる症例で,悪性腫瘍による気道狭窄が疑われる場合および画像検査にて気道最狭窄部が正常径の50%未満となっている場合はECMOの使用が考慮され,該当する本症例においては循環動態を考慮してV-A ECMOを導入し,結果的に救命し得た。ECMOは多くの耳鼻咽喉科医にとって馴染みのない医療機器であるが,ECMOの導入の是非,V-A ECMOとV-V ECMOの選択,カニュレーションのタイミングについて,症例ごとに判断していく必要があり,気道を扱う耳鼻咽喉科医もECMOの特徴を理解することは,麻酔科医,集中治療医,心臓血管外科医と連携して治療を遂行する上で重要と考えられた。 本論文に関連し,開示すべき利益相反関係にある企業などはありません。255日気食会報,73(3),2022

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